高圧蒸気滅菌は、「飽和蒸気」の「湿熱」による物理的な作用で、芽胞を含む微生物まで殺滅できる滅菌方法のひとつです。
「滅菌保証」と「バリデーション」の正しい内容を説明します。
高圧蒸気滅菌は、有害物質を使わず人や環境に無害で安全な滅菌法であり、広く利用されています。
参考▶ヨシダ製薬:消毒薬テキスト第5版「高圧蒸気滅菌法」*保護されていない通信です
http://www.yoshida-pharm.com/2012/text02_02/
滅菌温度と圧力
水は大気圧のもとで100℃で沸騰します。
高圧蒸気滅菌器が普及する以前は、煮沸消毒が一般的でした。
しかし、100℃では死なない細菌(芽胞)がいるので「すべての微生物を殺滅」できる滅菌法が開発されてきました。
密閉した容器で圧力を上げると、100℃以上の高温にすることができます。
逆に、圧力を下げると100℃以下の低温で沸騰し蒸発するようになります。
このような物理的な原理を応用して、134℃の滅菌が可能になり、低温での乾燥工程が実現したのです。
高圧蒸気滅菌は非常に優れた滅菌法ですが、高温・高圧・湿度に耐えられる器材しか滅菌できません。
そこで、様々な低温滅菌法が開発されています。
飽和蒸気の湿熱
高圧蒸気滅菌が開発される以前は、「乾熱滅菌法」がありました。
高温で促進された加水分解反応によって、微生物を構成する生体高分子の分解が促進されるため、「乾熱」よりも「湿熱」の方が効率よく短時間で滅菌できるのです。
「乾熱」で芽胞を死滅させるには、180℃で30分以上、160℃で1時間以上かかります。
「湿熱」の場合は、134℃3分間で死滅します。
この「3分間」は対象物の温度が均一に134℃に達してからの維持時間です。
そのため実際の滅菌工程では、器具内部の温度上昇に要する時間を見込んで3分間よりも長い時間に設定されます。
人間は、 90℃のドライサウナに入ることは可能ですが、90℃の蒸気に触ると一瞬でヤケドしてしまいますね。
タンパク質のコロイド溶液が「熱変性」によって固まることを「凝固」といいます。
一般的に、タンパク質は60℃以上で固まります。
高圧蒸気滅菌は、「湿熱」による「タンパク質の熱変性」によって微生物を殺滅します。
さまざまな滅菌法の中のひとつです。
滅菌と洗浄
滅菌を保証するためには、器具に付着した汚染を限りなく除去しておく必要があります。滅菌前の洗浄は、とても重要な処理です。
高圧蒸気滅菌の工程そのものに「洗浄」作用はまったくありません。
滅菌中に、飽和蒸気が微生物や汚れを押し出したり、取り除くことはないのです。
死んだ微生物の死骸は、器具にこびりついて残っています。
飽和蒸気が器具内部から押し出すのは「空気」だけです。
滅菌器の性能だけで滅菌保証はできない
滅菌性能が検証(バリデート)された滅菌器を使って、毎回化学的インジケータがOKであれば、滅菌が保証されると思っていませんか?
まず「滅菌保証」には、滅菌器のバリデーションが必要です。
- 較正
- IQ:据付適格性評価
- OQ:運転適格性評価
- PQ:稼働性能適格性評価
IQは、仕様書通りに滅菌器と付属設備が接続、設置されていることの確認です。
OQは、較正を行った滅菌器を空の状態またはPCDだけを入れて運転したときに、設定したプログラム通りに滅菌器が正確に作動していることを確認します。
PQは、較正とOQがOKだった滅菌器で、日常の滅菌物と一緒に次の2項目を行います。
- 物理的PQ:包装内部の温度の実測と蒸気の浸透性確認
- 微生物学的PQ(PCD)
積載最小負荷(器具の量が最も少ない状態)と積載最大負荷(器具を70%以内に積載した状態)の両方を行って評価します。
最低年に1回は、このようなバリデーションを行います。
滅菌器のバリデーションに、「較正」は欠かせない条件です。滅菌器の計器類は、最低年に1回は較正しなければなりません。
いくらIQ・OQ・PQが検証されても、滅菌器の計器類が狂っていたらアウトです。
「較正」されていない滅菌器で、OQ・PQを行うことはできません。
「滅菌保証」は、最低年1回のバリデーションを行った滅菌器を使用するだけでなく、毎日の運転で以下の項目を確認し記録します(日常のモニタリングと管理)。
- PQで確認された包装、積載形態、最大積載量の範囲内であること
- 設定したプログラム通りに運転できていること
- 滅菌工程の各サイクルでの温度・圧力・時間が適正範囲内であること
- CIおよびBIで滅菌工程が実施されていることを確認する
- 毎日使用前にボウィー&ディックテスト(B&Dテスト)で真空脱気性能を確認する
- 確認したすべての結果を記録する
QMS省令では、この他に作業マニュアルと滅菌器の操作マニュアルを整備することを要求しています。
それらのマニュアルは、定期的に見直しと改訂を行います。
作業手順や積載方法、使用する物品を変更した場合等は、再度バリデーションを行って変更による影響がでていないことを再確認しなければなりません。
責任者を任命して、教育と監督を行うことも要求されています。
日常的にCIを使うことを「バリデーション」や「滅菌保証」とはいいません。
CIは、OQ・PQと総合的に滅菌の質を管理するための「日常のモニタリング(監視)」に必要な要素のひとつです。
パラメトリックリリースの誤解
日常的にBIを使用せずに、CIと物理的モニタリング(計器類の監視と運転結果の記録)だけで滅菌物を払い出して使用してもよいという考え方があります。
BIを使用しないリリース(払い出し、供給)の方法を、パラメトリックリリースといいます。
しかし、これには絶対条件があります。
最低年1回、滅菌器のバリデーション(較正と3つの性能確認)を行って滅菌性能を確認・維持している場合に限られるのです。
耐用年数を超過していたり、一度も点検やメンテナンスを行っていない滅菌器を使用しての「滅菌保証」は有り得ません。
日常的にBIを使用しなくても、最低年1回はPCDでBIを使用したPQを含むバリデーションを行う必要があります。
高圧蒸気滅菌器の歴史
1880年、パスツール(フランスの生化学者、細菌学者)の弟子シャンベラン(フランスの細菌学者)が、圧力釜のような滅菌装置を開発しました。
パスツールは、100℃の沸騰した熱湯の中で何時間も生きている菌を発見し、滅菌を完全に行うには120℃の温度が必要と提唱していました。
一方、ドイツの医師で細菌学者のロベルト・コッホは、「乾熱」による滅菌を目指しました。
しかし「乾熱」では「芽胞」への効果が低いことがわかり、流通蒸気による滅菌を試みました。
その後1890年、ベルクマンによって世界初の蒸気による実用型滅菌器がベルリン大学に設置されました。
日本では、1924年(大正12年)に鵜殿工業所が製造した中型の陸軍野戦病院用消毒器が最初であると考えられています。
参考▶[S]滅菌・消毒・中材 | 印西市立印旛医科器械歴史資料館
まとめ
高圧蒸気滅菌は、飽和蒸気の湿熱による無害で確実な滅菌方法です。
滅菌する器材と物理的に適合していれば、第一選択となります。
ただし、「滅菌」は滅菌器に入れてスイッチを押せば達成されるという保証はありません。
「滅菌」が達成されていることを常に確認し保証するためには、最低年1回の滅菌器のバリデーションと日常の管理が必要です。