2017年滅菌供給業務世界会議(ボン)で開催されたハンズオンセミナーを、札幌で受講することができましたので、ご紹介させていただきます。
「明日からできる洗浄評価とプロセス改善のヒント」
共催:株式会社竹山、株式会社ニチオン http://www.nition.jp/ *保護されていない通信です
日時:2019年6月9日(日)13:00~17:00
会場:株式会社竹山本社9階 札幌市中央区北6条西16丁目1番地5
会費:1000円
定員:30名 *事前申し込み制
持ち物:可能なら腐食、錆びた鋼製小物をお持ちください。
<プログラム>
第一部 133:10~14:40
講師:ウルス ローゼンベルグ博士 Dr.Urs Rosenberg
ハンズオントレーニング
- 医療機器のメンテナンス(サビ・腐食の防ぎ方)
- プロセス改善のヒント
第二部 14:50~16:20
講師:クラウス ロス Klaus Roth
ハンズオントレーニング
- 目視判定の仕方
- 残留タンパク質抽出
- 院内でできるヘモグロビン測定
第三部 16:20~17:00
- ディスカッション
- 受講証発行
ブログに掲載する許可をいただきました。
当日は、あっという間に時間が過ぎて、最新の研究と知見に目を見張るものがありました。
紙ベースの資料が一切ありませんでしたので、スライドと口演の記憶とメモを頼りに書いていますので、個人の主観であることをご了承ください。
ドイツで策定されている「医療機器のための自動洗浄消毒工程におけるバリデーションと日常監視のガイドライン」の翻訳・出版を準備中とのことでした。
翻訳が完了したら、無償でインターネット上にも情報提供される予定だそうです。
原則は「哲学」
ガイドラインは「ガイドラインの原則」という項目からはじまります。
この「原則」という翻訳が適切かどうか悩むところだそうで、お二人の講師の方々は口を揃えて「患者を守るため」とおっしゃるそうです。
これは「ヒポクラテスの誓い」の中の「けっして患者を傷つけてはならない」という医の倫理である「哲学」がベースとなっていると考えられます。
(参考)ヒポクラテスと医の倫理:日本医師会 *保護されていない通信です
http://dl.med.or.jp/dl-med/doctor/member/kiso/k3.pdf
PDCAサイクルが重要
前説に、この講演は「バリデーション」という言葉にとらわれずに聞いて欲しいというお話がありました。
使用済み医療器具の再生処理は、QMS(Quality Management System)という大前提があり、次の3つが揃って実現されるものです。
- 検証された再現性のある「品質保証」
- 標準作業手順書(SOP)
- 品質改善システム=PDCA
経営のトップ(または直属の上司)が、与えられた権限と義務を果たし、組織内の円滑なコミュニケーションによってPDCAサイクルを機能させ、日常的な業務改善を継続することが重要です。
スタッフが「あれがない」「これが悪い」「何もしてくれない」と文句を言うだけでは何も改善できません。
問題解決のために、具体的な行動を起こすさなければならないのです。
バリデーションをすることが目的ではなく、バリデーションは品質保証を再現し検証することです。
その結果をもとに標準作業手順書が作られ、その手順書を遵守して業務を行う。
その際にエラーが発生したら、すぐに原因を究明し改善する。
洗浄にかかわるエラーをキャッチするために、洗浄評価が必要なのです。
標準作業手順書(SOP)
標準作業手順書(SOP)は洗浄業務を行う上で不可欠な要素です。
しかし、ただ書かれていればよいというものではありません。
検証された正しい「手順」を誰が行っても同じ結果を得られるよう「わかりやすく」書かれていなければなりません。
そこで、わかりやすさのポイントと、無意識の「思い込み」を体感するワークを行いました。
「折り紙を折る」という指令が出されます。
完成形の見本が渡されますが、それを見ただけではどうやって折るのかさっぱりわかりません。
次に、長い文章での手順が解説されました。
しかし、これも何が書いてあるのかよくわからないし、長すぎて読む気がしませんでした。
そこで提示されたのが、図(写真)で順番に折り方を説明した手順でした。
これでようやく指令の折り紙が完成するわけです。
ところが!
最後に折ったものを裏返す作業が待っていました。
せっかくできたと思ったのに、これでは表裏が逆になる。
折り紙は、色のついた表と、無色の裏があります。
普通に折る場合、無意識に裏面を内側にして折り進めますね。(思い込み)
すると表裏が逆のものが出来てしまいました。
最初に表裏の指定がなかったので、配色の違うものが出来上がってしまったのです。
標準作業手順書が必要だし重要だということはよくわかっています。
では、どのような内容が要求されるのかという点については曖昧なままです。
とりあえずそれらしい文章があればよしとされているのではないでしょうか。
思い込みを払拭する手順作り
このように、人はそれぞれ「思い込み」という無意識の世界を持っています。
多くの人に共通する思い込みもあれば、特定の個人の思い込みもあるでしょう。
それらは「間違った結果」を生み出す危険因子です。
折り紙だから、間違ったで済みます。
しかし、人の命に危害を加える医療の間違いは、けっして許させません。
「思い込み」の余地がない手順(動作)が必要です。
無意識に個人の判断が加わる部分に「思い込み」が存在します。
正しい手順と、その根拠や目的まできちんと理解できるものを作りましょう。
人の命を守る
使用済み医療器具の再生処理は、人の命を守る大切な業務です。
そういう「自覚」を持って、真摯に取り組まねばなりません。
医療の究極の目的は、「人の命を守る」ことです。医科も歯科も同じです。
医療を行う際に、リユース器具を何度も再生処理して使います。
その再生医療器具が感染や健康障害を起こす危険な器具だったら、安心して医療を受けることができません。
「病院だから、ちゃんとやっているはず」
これは一般人共通の「思い込み」ですね。
ところが現実は、中身を検証しなければわかりません。
歯科医院のホームページでは「このように厳密な洗浄と滅菌を行っています」「EN規格に準拠しています」などの宣伝がなされています。
ところが、書かれている内容を見ると、とても「洗浄と滅菌」と言えないことがしばしばあります。
「人の命を守る」という目的からスタートしなければ、患者さんの命は守れません。
洗浄評価方法の最新研究
洗浄工程で汚染物質に加わる物理的化学的影響をできるだけ排除し、汚れの存在を正確に判断する新たな洗浄評価方法として、フィブリンを利用したテストソイルや、ヘモグロビンを測定する方法が紹介されました。
ハンズオンセミナーを終えて
医療機器の洗浄について、世界では洗浄器と洗浄剤の両方に品質保証が求められています。
ところが、日本では「洗剤」は「雑品」扱いになっているため「質の保証」が担保されていません。
洗剤メーカーの良心に頼っているのが現状です。
「本当に洗えているのか」を確認するには、実際の洗浄後の器材に残留した汚染物質の有無やその程度を調べなければなりません。
アミドブラック10B染色やATP発光量測定など簡便な検査方法が普及し、OPA法やBCA法など血液由来のタンパク質量を測定することができるようになっています。
- それぞれの評価結果にどのような相関性があるのか
- 結果の数値が実際の汚れの度合いをどこまで正確に反映しているのか
- 残留汚染物質の量と感染力は比例するのか
- 洗浄の基準値をクリアしていれば感染の危険性は少なくなるのか
今後も、上記のような問題をクリアする洗浄方法が開発されることでしょう。
日本における中材での洗浄・消毒のレベルがよりいっそう高く維持されるよう願っています。
このセミナーは、2019年第94回日本医療機器学会の「滅菌業務に関する特別講座」としても開催されています。滅菌技師/士4の5単位を、学会参加とは別に取得できるものでした。