中材業務【洗浄と滅菌】安全な再生処理と感染制御

歯科医療も含めて、診療に使用した医療器具を安全に再使用するための再生処理と感染制御についてわかりやすく解説しています。

未滅菌の器具で手術を行う医療ミス

未滅菌の器具が手術に使われてしまうという事故が発覚し、2019年5月27日全国ネットでニュースになりました。

滅菌器に器材が積載された状態で滅菌器のスタートボタンを押し忘れ、未滅菌のまま器具が払い出されるというミスでした。

詳細はわかりませんが、なぜこのようなミスが起きたのか、どのように防止したらよいのかを検討してみましょう。

ここに書かれていることは一例ですので、貴施設の実情に合ったマニュアルの参考に役立てば幸いです。

スタートスイッチの押し忘れが起きる原因

1.中材の業務マニュアルの手順の問題

滅菌から払い出しまでの業務手順を確認してみましょう。 

(1)滅菌器に器具を積載してすぐにスタートさせていない

今回の事例は、前日のうちに器材を滅菌器にセットしておいて、翌朝スタートスイッチを入れ忘れたというものです。

おそらく、スタンバイして加温までは行われていたのでしょう。

その後のスタートをし忘れたのですが、滅菌器が熱いので滅菌されたものと勘違いしたのではないかと思われます。

  • 滅菌器に器材をセットしてすぐに運転開始していない
  • 滅菌器のスタンバイ(加温・準備完了)の前に器材をセットし扉を閉めている

この2点が最大の原因だと思われます。

当院で使用している高圧蒸気滅菌器は、電源を入れてから滅菌器の扉を閉めて、空の状態で運転準備をする手順になっています。

(2)滅菌物取り出し時の確認を行っていない

 滅菌器は熱くて扉が閉まっていても、操作パネルの表示は「準備完了」のままであったはずです。「滅菌完了」の表示を確認していません。

同時に、取り出した滅菌物の外部インジケータも見ていません。

見ていても「滅菌されているはず」という思い込みがあるので、脳が認識しません。

乾燥状態や包装の異常がないかどうかも、確認していなかったと思われます。

(3)滅菌物払い出しの基準がない/あっても判断していない

 生物学的インジケータを使って、払い出しの判断をするシステムがなかったのでしょう。PCDを日常的に使用していれば、滅菌が完了している事実を確認できます。

払い出しの前に最低限、外部インジケータが全てOKであることを確認するという基準がなかったのでしょうか。

外部インジケータと同時に、滅菌工程がプログラム通り正常に完了している事実も確認しなければなりません。

(4)滅菌物の払い出し責任者がいない/いても責任を果たしていない

 滅菌が完了しているという最終確認は、誰が行うのでしょうか。

払い出し基準が満たされているということを保証する責任者がいないので、現場のその時の担当者に任されているようです。

また、払い出を許可したことと、その判断基準の記録もありません。 

(5)滅菌工程のモニタリングが行われていない

 滅菌器が作動中に、誰も一度も滅菌工程を監視していません。

滅菌完了時の工程記録も確認していません。

(6)払い出し時の点検を行っていない

 取り出した人が確認して、別の人が払い出す場合には、再度確認が必要です。

ダブルチェックの機能もなかったのでしょう。 

2.中材で正しい業務マニュアルが遵守されていない問題

せっかく正しい手順書やマニュアルがあったとしても、それがきちんと守られていなかったら、何の役にも立ちません。

マニュアル通りに正しく作業が行われているか、チェックしてみましょう。

(1)マニュアルの問題

  1. そもそもマニュアルが存在しない:委託・受託双方の無責任、職員の怠慢
  2. マニュアルの存在を知らない:マニュアルにもとづいた教育・指導を行っていない
  3. マニュアルがどこにあるか知らない:目につく場所に設置されていない
  4. マニュアルを読もうと思わない:マニュアル遵守の重要性を周知していない
  5. マニュアルを読んでもよくわからない:誰が読んでもわかる平易な内容ではない
  6. マニュアルを理解しても実際の行動と結びつかない:総論ばかりで具体性がない

(2)人の問題

  1. 日常的に自己判断で変更や省略をしている
  2. 違反をしても注意されない
  3. 違反は危険であるという認識がない

3.かかわったすべての人々の「思い込み」による認知と行動の問題

 人は、特別意識しなくても何となく「こうだろうなぁ」という思い込みを、いたるところで持っています。

  • 滅菌器が熱いから滅菌されているはず
  • 扉が閉まっているから滅菌は完了しているはず
  • この時間だから滅菌は終わっているはず
  • 中材から払い出された器具は滅菌されているはず
  • 滅菌バッグがシールしてあれば滅菌してあるはず

このような「思い込み」がないかどうかを、振り返ってみましょう。 

4.使用前に未滅菌であるとわからなかった問題

 滅菌する人、払い出す人、運搬する人、受け取る人、保管収納する人、準備する人、使う人、これら全ての人が「滅菌された器具である」ことをインジケータ等で確認していなかったために起きた事故です。

(1)受け取り・収納保管時の点検を行っていない 

 中材から供給された滅菌器材を受け取って収納する際には、外部インジケータと包装の異常の有無を確認することが重要です。

「滅菌されているはず」という思い込みは危険です。

(2)器具の準備・使用時に滅菌工程の通過をインジケータで確認していない

 これも「収納されている器具は滅菌されているはず」という思い込みが前提になっています。

信じて疑わない習慣は、医療においては重大な危険因子です。

「事実を確認する」という習慣は、洗浄評価だけでなく中材の業務全体に当てはまる事です。

具体的な再発予防策

では、具体的な方法を考えて行きましょう。

特に、手術室と中材が直結している施設では、払い出しと手術器材の収納や準備者が同じである場合があり、チェックの機会が少ないので注意が必要です。

(1)正しいマニュアルの整備

 【滅菌器の操作手順】

  • 始業時は滅菌器が空の状態でスタンバイ(加温)する
  • 滅菌器の準備が完了してから器材を入れて扉を閉める
  • 滅菌器の扉を閉めたらすぐにスタートスイッチを押す(放置しない)
  • 「滅菌スタート」と声に出して確認する
  • 滅菌工程が進行していることを表示パネル、計器類、運転記録で確認する

【滅菌物の取り出し手順】

  • 「滅菌完了」の表示を確認する
  • 圧力計が「0」であることを確認して滅菌器の扉を開ける
  • 滅菌工程に異常がなかったかどうかを工程記録で確認する
  • 確認カード等を作りチェックして記録に残す(日誌に貼るなど)
  • 積載物の外部インジケータが全てOKかどうかを確認する
  • 完全に乾燥しているかどうかを確認する
  • 包装に異常がないかどうかを確認する
  • 確認した結果を記録する
  • PCDを使用した場合はCIを確認しBIを培養する

【払い出し基準】

  •  払い出し責任者を決める
  • 払い出し基準を決める
  • 払い出し基準を満たしていることを確認し記録する
  • PCDのCI、BIの培養結果を記録する

【払い出し手順】

  • 払い出しの許可を確認する
  • 滅菌器の台車から搬送車や収納庫へ移す時に外部インジケータと包装の異常を確認する

(2)マニュアルの運用

 作成したマニュアルは、目について取り出しやすい所に置きましょう。

写真がメインで1枚もののダイジェスト版を、滅菌器のそばに設置するのもよいでしょう。

毎年必ず内容を見直して、改訂を行います。変更がなくても、見直すことが重要です。

今回のような報道の機会に、該当する部分だけでも再確認しましょう。

  • 毎朝のミーティングで少しずつ読み合わせる
  • 毎月の勉強会や会議等で、見直した結果を報告する
  • 全員がマニュアルを読んだことをチェックする
  • 手順のポイントや重要な確認事項を掲示する

現場の責任者の責任と権限を明確にし、できればマニュアル改訂のリーダーと中心メンバーも決めた方がよいでしょう。

スタッフ全員が何らかの分担を受け持つとよいでしょう。任されて力量を発揮する人もいます。個性や得意なことを活かせるよう、役割分担してみてはいかがでしょうか。

(3)計画的・定期的な教育の継続

 年度ごとに中材職員の教育計画を立てて実施し、実施結果を記録しましょう。

これは、QMS省令でも要求されていることです。

  1. 施設内での集合教育・勉強会
  2. 外部研修への参加
  3. 毎月の重点目標の設定と評価
  4. 教育・研修後のアンケートで理解度や達成度を評価し次の教育計画に反映させる
  5. 声出し指さし確認の徹底
  6. 啓蒙表示の工夫(毎年改訂する)
  7. ヒヤリハットや事故の分析と情報共有
  8. できたことを褒めて認める職場風土作り

研修報告を義務づけている施設もあります。報告書は必要ですが、書く事が苦手で研修参加をしぶったり、勉強に身が入らないストレスを感じるならば、アンケートだけに留めることも考慮しましょう。

アンケートも無理ならば、ヒヤリングで感想を聞くだけでも違います。

(4)滅菌器具を使う前に必ず「滅菌工程を通過」していることを確認する

中材職員だけでなく、現場で滅菌器具を使う際には、準備の段階で必ず包装外部のインジケータ確認を施設全体で徹底しましょう。

(5)内部インジケータの使用

包装外部の化学的インジケータだけでなく、手術器材に関してだけでも包装内部に化学的インジケータ(滅菌カード)を入れることも検討してください。

ただし、「インジケータを確認する」という意識と習慣が身に付いていなければ、変色していないインジケータを見ても認知できません。

内部インジケータを入れたからといって、油断はできません。

(6)作業環境の見直しと体調管理

個人の体調や気分を整えることも重要です。

集中力を欠くような繁忙な業務体制では、事故が起こるのは当たりまえです。

作業の優先順位を考えると、あたふたしないで落ち着いて作業を行えます。

当院に長年勤めていたスタッフで、自分の体に染みついた作業のスケジュール通りに動かないと仕事ができない人がいました。

自分なりの順番を決めているので、手が空いた時に何もしません。そのため、業務が集中すると作業が追い付かず仕事が残ってしまうのです。

器材の数や動きに応じて優先順位を考え、作業をバランスよく進めるアドバイスが必要です。

また、立ち仕事で疲労が溜まると、注意散漫になります。

休憩時間は、しっかりと休める環境が必要です。

当院では、昼休みにソファで横になって休む高齢のスタッフもいます。

精神的に緊張しているとミスが起きやすいので、ラジオや音楽をかけることも推奨しています。リラックスしていると、無意識のセンサーが敏感に働きます。

中材は滅菌器や温水の使用で、室温・湿度が高くなります。空調設備を整えることも配慮しましょう。

水分の補給や、気軽にトイレへ行ける雰囲気作りも心がけましょう。

まとめ

今回の事故は、特殊な事例ではありません。どの施設でも起こり得る問題です。

ヒヤリハットの段階で未然に防げた事例が、実は想像以上にたくさんあるのではないでしょうか。

けっして他人事ではないということを、肝に銘じておきましょう。

ミスの発生は、委託業者の変更やスタッフの出入りがあった時に要注意です。

「人はミスを起こす生き物」だという前提で取り組みましょう。

院内で業務委託している場合、委託している施設側に監督責任があります。業者のミスだからという言い訳は成り立ちません。

委託業者に丸投げで無関心ということのないように、毎年の契約更新の機会に業務内容を細かく点検し、足りない所があれば契約内容に盛り込むよう具体的に交渉しなければなりません。

また、報道記事の中に「7人のうち1人が感染症で緊急手術を受けていた」という文章があります。

未滅菌であっても「洗浄」の質が保証されていたならば、感染を防げた可能性があると思います。

「スタートスイッチの押し忘れ」だけでなく、この機会に中材の業務全体を見直す必要がありそうです。

<当院の事例>

滅菌工程通過の問題ではなく、シールされた未滅菌の器具がなぜか滅菌済みの器具に1点だけ紛れこんでいたという事例がありました。

払い出しを受けた人が「ACなのに滅菌バッグが妙にキレイで、何か変?」と直感的に気づき、外部インジケータを見ると変色していないことがわかりました。

高圧蒸気滅菌後は滅菌バッグの紙面もフィルム面もダメージを受けており、見た目や手触りが違っています。そこに無意識に気づいたことが、素晴らしいと思います。

そのお陰で収納保管される前に返品されたので、事故は未然に防げたわけです。

この時は、結局誰がなぜ未滅菌のものを滅菌済みのカゴに入れてしまったのか、わからず仕舞いでした。

滅菌前の器具と、滅菌後の器具が混在しないよう保管場所と作業動線を分ける改善をしました。

<他院の事例>

高圧蒸気滅菌器に滅菌物を入れてスタンバイし、スタートスイッチを押し忘れたまま取り出された事例があります。

これも詳細はわかりませんが、滅菌器の扉を閉めた状態でスタンバイしていたなら、扉を閉めたらすぐにスイッチを押すよう手順を変える必要があります。

外部インジケータが加温された滅菌器内で変色してしまったのかどうかは、わかりません。少なくとも「滅菌完了」の表示を確認せずに扉を開ける習慣はやめましょう。